6年間住んだ長野の好きになったところ・いまいちと思うところ
この3月一杯で6年間住んだ長野をついに離れることになった。
6年前、長野に一人移り住んだときは、長野での勤務はせいぜい3〜4年だろうと予想していたが、新型コロナウィルスの猛威の影響で会社の業績が壊滅的に悪化したため、お金のかかる転勤に会社が消極的となったため、思いがけず6年もいることになった。
幸いなことに昨年から会社の業績は順調に回復したため、転勤も再び活発になり、今回ようやく僕にもお声がかかったというわけだ。
6年間住んだ長野という、それまでの僕の人生にはほとんど縁のなかった土地。もともと出かけるのが好きなので、休みの日には愛車であちこち出掛けて、地元の人しか知らないような庶民的な美味しい飲食店もせっせと開拓した。
しかし長野は実に広い。なにせ日本の都道府県では4番目の広さである。広いというか、南北にものすごく長い。なにせ北端から南端までは200km以上もあるのだ。
だから僕の住んでいる長野市が位置する北部(北信地方)にはだいぶ詳しくなったが、飯田市がある南信地方にはついに一度も行くことがなかった。
これだけ距離があると、同じ長野県ではあっても北部と南部では風土も気候も歴史も県民性もだいぶ異なり、「長野はこう」、と一口に語ることは出来ない。
従って今回は僕の知る北信地方中心の話とはなるが、長野の好きなところ、いまいちと思うところについて勝手に語ってみたい。
あくまで僕個人の独断と偏見に基づくものなので、笑って読み飛ばして頂ければ幸いである。
長野県の県民性は?
四方を険しい山に囲まれ、自然環境が厳しい長野県は、独自の文化が発達し、その県民性にも影響をもたらしている。
先述の通り南北にとても長いので、南部と北部を十把一絡げにするのは無理があるが、一般的に言われる長野県の県民性としては、
- 真面目で品行方正
- コツコツ努力して出世することをよしとする
- 声は比較的小さく落ち着いた話し方をする
- 派手なこと・騒がしいことはは好きではない
- 俺が俺がと自己主張の強い人は少ないし好かれない
- 人あたりは良いがベタベタした馴れ合いの関係をよしとしない
- 冗談が通じないわけではないが、自分から冗談を言うことは得意ではない
というところである。
その他、僕が独自に感じた長野県民(北信限定だが)については、
- 会合(飲み会)好きである
- わかりやすいヤンキーはまずお目にかかれない
- 太った人が少ない(健康への意識が高い)
- ニンニクが意外と好き
- 冷奴にカラシをつける(これは県民性って言わないかな)
もちろん、全ての長野県民がこれに当てはまるわけではないが、他の地域から長野北信地区に引っ越してきた方には、僕の感想も概ね同意してもらえるのではないだろうか。
長野に6年住んだ僕が感じた長野の好きなところ
山が本当に綺麗
長野駅に初めて降り立った6年前、駅前の繁華街のビル群のすぐ後ろに険しい山(裾花渓谷)が見えたのに驚いた。
長野はどこに行っても四方を険しい山に囲まれており、山が身近にある。そしてそのどれもが四季折々本当に美しい。山の急斜面のずっと上の方にも家が建っていたりして、山と共に人の生活があることを実感する。
僕が一番好きなのが、少し離れたところから見たアルプスの山々だ。
歴史のあるものを大切にする
長野市内には昔ながらの狭くて曲がりくねった路地がたくさん残っていて、散策するにはもってこいだ。ただしうっかり車で迷い込んでしまうと大変な目にあう。
そのような路地の一角に、もう風化しかけたようなお地蔵様や道祖神なんかが祀られていて、地域住民の手で大切に守られている。別に観光客向けに古いものを頑張って残しているというわけではなく、歴史のあるものを大切にしようという意識が住民の中にあるのだ。僕は長野のこういうところが大好きだ。
気候風土の育んだ美味しい食べ物がたくさんある
海こそない長野県であるが、山がちな土地、厳しい冬、冷涼な夏が育んだ美味しいものはたくさんある。レタス・白菜・セロリ・アスパラ・わさび・エノキダケ・ブナシメジの栽培は全国一番である。またリンゴは生産量こそ青森県には及ばないが、僕は長野のりんごは日本一美味しいと思っている。
長野といえば蕎麦・おやき・野沢菜などが有名だが、住んでみて初めて知った意外なローカルグルメというのがある。それは「ジンギスカン」「もつ煮」「あんかけ焼きそば」だ。長野とあんかけ焼きそばってピンとこないかもしれないが、上田発祥のこの独特のスタイルのあんかけ焼きそばはクセになる味だ。
長野に6年住んだ僕が感じた長野のいまいちなところ
交通マナーが悪い
長野県というのは信号のない横断歩道に渡ろうとしている歩行者がいる場合、一時停止する車の割合が全国で一番多いのだという。これは素晴らしいことで他県に誇れることなのだが、これを以て長野県民の運転マナーは良いのかというと、決してそうではないところが興味深い。
率直に言って長野県民の運転マナーは褒められたものじゃない。交通マナーがもっと悪いと思われている栃木県よりも実際には良くない。
具体的にはウィンカーなしの急な割り込み、直進車に強いブレーキを踏ませるような強引な右折によく遭遇する。真っ暗なのに無灯火の車もほぼ毎日遭遇する。意識してなのか無意識なのか、他の車のことを見ていない。街中ではそうでもないが、峠道に行くと急に飛ばす車が多く、他県ナンバーの車が煽られている場面をよく目にする。
ではなぜそんな長野のドライバーは横断歩道に歩行者がいた場合はほぼ皆止まるのだろうか。明確な理由はわからなかったが、結局のところは「皆が止まっているから自分も止まる」、ということだと思う。だから僕は車線変更の際には教習車の如くしっかりウィンカーを出すようにしている。僕に釣られて早めにウィンカーを出すドライバーが増えてくれればと思っているのだ。
まとめ〜長野で暮らせた6年間は人生の宝物だ
長野で過ごした6年間、仕事では社員の連続退職、新型コロナによる売り上げの激減、慢性的な人手不足など、常に悩みが尽きなかった。
しかしヘトヘトに疲れてしまった時も、長野の美しい山や風景は、そして長野の優しい人々はいつも僕を慰めてくれた。
単身赴任という身で仕事の強いストレスに晒されても何とかやってこれたのは、長野だったからというのは間違いなくあると思う。先に述べた長野県民の県民性が、不思議と僕に合ったのだ。
もう直ぐ長野を離れることになるが、これまで幾つかの場所に暮らしてきた僕にとって、長野は間違いなく最も気に入った場所の一つだ。
将来縁があれば、ぜひもう一度長野に暮らしてみたいと本気で思っている。