ミニマリストをやめる、なんて大袈裟に決心する必要はない

ミニマリストの皆さんのブログを見るのが好きだ。

やはり同士がどのような生活を送っているのか、どのような考えを持っているのかというのは興味がある。

ミニマリストが日本で新語・流行語大賞に選ばれたのが2015年であるらしい。それから5年が経ち、大分ミニマリストというものが認知されてきたように感じる。一方、「ミニマリストをやめた」という記事も結構目にする。

やめた理由として、「捨てる物がなくなって飽きた」「生活が不便になってかえってストレスになった」「家族が増えて物が増えた」など様々である。

最近は特に、社会不安による物の供給不安定というのがあって、それを機にミニマリストでは生き残っていけない、もはやミニマリストという生き方はこの時代にそぐわないという論調さえ目にする。

果たしてそうだろうか。

僕は決してそうは思わない。

確かに僕も今回の社会不安に遭遇してから、それまでは食品のストックなんてほぼ無かったのだが、今は1週間程度は買い物に行けなくても生きていける程度はストックするようになった。

だからと言ってミニマリストをやめたというつもりはない。

環境の変化に伴い、自分にとっての必要最低限の基準も変化したが、それでも余計なものは持たない、というミニマル志向は変わっていない。

むしろ、ミニマル思考を持っていればこそ、1週間生きるためにはこれだけあれば十分ということがわかるので、無闇に不安になることも、必要以上に買い貯めて他人を困らせることもない。

ミニマリストの第一人者・佐々木典士さんの、小さなテーブルと椅子以外何もない部屋の画像、あれを見てミニマリストはかくあるべき、そうでなければミニマリストと名乗る資格はないと思っている方がいたとしたら、それは大きな誤解であると申し上げたい。

そもそも当の佐々木さんもこのように言っている。

「“ミニマリスト=持ち物が少ない人”と考える人がほとんどだと思いますが、僕は本質ではないと思っています。もしモノを1万個所有している人がいたとして、その人がそれぞれの持ち物に対して本当に必要性を感じていれば、僕はその人もミニマリストと呼んでもいいのではないかと思うからです。他人の評価軸でも客観的な個数でもなく、何が自分にとって必要なのかを自らが決めているということが一番重要なのです」

https://media.lifull.com/stories/2019072662/

新しい趣味、例えばサーフィンを始めたとする。サーフボードの他に、ウェットスーツもカバーもワックスも必要であろう。モノの数は当然ふえる。

その代償としてミニマルライフとは決別する、そんな必要はないのである。それらは新しいあなたの生活に必要な物だから。

ただ、もう何年もやっていない趣味の道具がクローゼットの中で埃をかぶっていたとしたら、それは思い切って処分した方が良いと思う。

身の回りに置くものは今の自分にとって必要な物だけにする。このルールさえ守っていれば多少物が減ろうが増えようが、立派なミニマリストだ。

ミニマルライフとは「禁欲ゲーム」ではない。今の自分にとって必要なものだけを選び、身軽に快適に生きる方法である。それを「もうやめた」と決めてしまうなんて勿体無い。

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Tanoyatsu

40代半ば、妻と二人の女の子を残し、長野に単身赴任中。料理・掃除大好きのおばさん力高め男子。趣味は料理の他・ジョギング・水泳・乗り鉄。数年前から断捨離・ミニマリストに興味を持ち、「モノを極力持たないライフスタイル」をゆるめに実践中。

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