連休の最終日、本宅から単身赴任先にひとり帰る時
結局今年(2021年)のお盆の3連休は栃木の本宅に車で帰った。もちろん体調は問題なし。極力他人と接触しないと決め、高速道路に乗ってからトイレに行きたくなってパーキングエリアに寄ったが、東京ナンバーの車で混雑していたので降りるのを諦めて我慢した。それでも、本宅に向かう道は楽しい。
昨年に続いて両親のいる実家には行けず。昨年のお盆はGo to Travelを利用して家族で県内に旅行に行ったが、昨年よりも状況が悪い今年は出かける予定も立てていない。1年前の今頃、まさか翌年がもっと状況が悪くなっているとは思わなかった。来年の今頃は果たしてどうなのだろうか。
草も木もだいぶ伸びた庭の手入れをする予定を立てていたのだが、3日間ずっと雨だった。ここまで降り続くのも珍しい。それでもほんのちょっと雨が止まったタイミングで少しだけ枝を切り落とした。今回の成果はそんなものである。
高校生の娘どももお盆休みでずっと家にいた。妻も2日間はパート休みである。考えてみれば家族4人水入らずで家でずっと過ごすなんて何年振りであろうか。退屈ではあったが、ゲームをしたり、せめてもと食事に行ったりして静かに過ごした。こういう休みもたまにはいい。
さて、3連休なんていうのはあっという間に過ぎ去り、気づけば連休最終日である。
妻は今日は早朝からパートの仕事に出勤した。普段であれば夕方に帰るのであるが、雨足も弱まらず、長野に通じる高速道路も通行止めの情報であるので、僕も朝のうちに出発することにする。
娘は寝ぼけ眼で見送ってくれた。家庭によっては年頃の娘なんてもんは父親が来ようが帰ろうが全く無関心というところもあろうが、我が娘はそんなことはない。高校生になってもちゃんと見送ってくれる。自分の育て方が良かったのであろうか。いやおそらく妻の育て方が良かったのであろう。
単身赴任先への帰り道は実に寂しい。この時間は一番嫌な時間だ。一昨日この道を嬉しい気分で反対方向に走って行ったのだなあ、などとしみじみ感じる。多分他人が見たら、目が死んでいるだろう。
何度も言うが、寂しさに効く特効薬なんてものはない。無理に紛らわせようとしても、それが終わった後に一層強い寂しさに襲われるだけである。寂しい時は潔くそれに身を委ねるのが一番だ。ちょっと幽体離脱して自分を見つめ、「ああ。自分は今寂しさに襲われているな」と客観視するのも良いと思う。寂しさというのは自分の心から湧き上がってくる感情だ。押し殺しても良いことなんてないのである。
しかし不思議なのだが、長野の街が見えてくるとホッとするのである。自分の住む街に帰って来た、と思う。
帰ってきてから夕食の買い物をし、ジョギングに出かけた。普段と同じことをすることで徐々に一人暮らしモードに戻っていく。
寂しい嫌だと思いながら、栃木の本宅から単身赴任先の長野まで、3年と4ヶ月、もう40回くらい帰ってきた。あと何回帰るかわからないが、これも自分の人生の一部である。