ミニマリストは災害に弱い?
地震を呼ぶ男?
先週の週末、栃木の本宅に帰っていた。
ちょうど家族と出掛けている最中であったが、何やら揺れている気がする。気がするではなく本当に揺れている。おお、また来たか。幸い栃木の揺れは大したことなかったが、宮城では津波注意報が出た。該当地域で暮らす人たちにとっては気が気でなかったと思う。
奇しくもその前回の帰宅時、2月13日夜に栃木県北部は震度5弱の強い揺れに襲われ、数時間停電した。あれは怖かった。
2月の地震に見舞われた時、妻に「あなたががいてくれて心強かった」と言われて、なんだかんだ言っても頼りにしてくれるのかと嬉しく思ったものである。今回も「またあなたがいてくれて良かった」と言ってくれたが、心なしか顔が引きつっているようにも思える。心なしか棒読みの台詞のようにも思える。内心、僕が帰ると地震が起こるのではないかと恐れているのかもしれない。
実際、年が明けてから日本各地で不気味な地震が頻発している。これがさらに大きな地震の前兆なのか、誰にもわからないが、日本で暮らしている以上今後大きな地震に遭遇しない、ということはありえない。いつか必ず起きるのである。
他力本願なミニマリスト
ミニマリストというライフスタイルが注目されてから、同時にしばしば指摘されるのが「ミニマリストは災害に対応出来ない」というものである。その日暮らしの最低限のモノしか持たないミニマリストは、いざ災害が起こって日常生活に必要な食料や日用品の供給が途絶えたら、直ちに困窮し周囲に迷惑をかけるだろう、ミニマリストなんて自分のことしか考えない自己中心の自己満足だ、という批判である。
しかし、災害にきちんと備えているかどうかはミニマリストか否かとは関係ないと僕は思っている。ミニマリストでもきちんと備えている人もいるだろうし、モノで溢れた環境で暮らしている人が果たして災害に強いかと言えば決してそんなことはないだろう。
僕自身はどうか。災害のニュースを見るたび、「これではいかん」と備蓄食料のチェックをしたりするものの、時間が経つにつれついつい油断してしまう。しかし、ガソリンだけは以前は警告灯が点くくらいまで空っぽになってから給油していたのだが、今は毎週末に必ず給油するようにしている。
食品のストックを確認してみた
今現在自宅にある食糧を検証してみると、バナナが5本、サバ味噌煮の缶詰がひと缶、乾燥そばとスパゲティが数食分、レトルトご飯が9食分、卵が9ヶ、冷凍おにぎり数個、冷凍水餃子、冷凍ウィンナー各2食分がある。これだけあれば水さえ供給されれば、欲を言えばガスも使えれば1週間〜10日は生き延びることが出来そうだ。一方、水分が足りない。ペットボトルのお茶が一本あるだけだ。ビールはちゃんと数日分はあるが。
大きな災害が起きたことを想定した時、いったいどれくらい飲食物の供給がストップされることを想定すれば良いだろうか。1週間くらいはありえるかもしれない。しかし1ヶ月以上何もない、というのも考えづらい。
1週間生きるために必要な食料を冷静に考える
1週間生き延びるために何をどれくらいの備えることが必要か、というのを冷静に考える場合、ミニマリスト的思考というのは役に立つと思う。不安に駆られて闇雲に買い込めば、昨年のマスクやトイレットペーパーのような社会不安につながることは明らかだ。
備蓄の問題さえクリアできれば、災害に対してミニマリストは実に強い。僕の話となるが、まず部屋に物が圧倒的に少ないため、地震で倒れてくる心配がない。普段からトランクを下着類、貴重品入れとして使っているので、いざ避難の必要が生じた時はそれに当座の必要な衣類を詰めて5分で退避出来る。また普段から寝袋を使用しているので、それを持ち出せばどこででも寝ることが出来る。
偉そうに書いたが、僕自身飲食物の備蓄については改善の余地がある。とりあえず今から水を買ってこよう。